名古屋高等裁判所金沢支部 昭和26年(ナ)7号 判決
原告 新下藤太郎
被告 福井県選挙管理委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
(当事者の申立)
原告は昭和二十六年四月二十三日執行の福井県今立郡北日野村議会議員の選挙に於ける当選の効力に関する訴願につき被告がなした昭和二十六年七月三日附(三十一日附というは誤記と認む)裁決は之を取消す。原告の当選を確認する。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、被告は主文と同旨の判決を求めた。
(当事者の陳述の要旨)
原告の陳述の要旨は次の通りである。
(一) 昭和二十六年四月二十三日執行の福井県今立郡北日野村議会議員選挙につき原告は六十二票を得、当選と決定し、訴外石本林は六十一票を得たに過ぎないので落選と北日野村選挙管理委員会(以下村管理委員会と略称)は決定した。
(二) 然るに右石本から自分のために無効投票と認定された投票中に三票の有効投票があり、又原告のために有効投票と認定された投票中に一票の無効投票があるので結局石本の当選が確定さるべきであるとして右村管理委員会の決定(この決定に対する異議申立却下決定の誤記と認む)に対し、被告に訴願したところ被告は左記理由により原告の当選を取消す旨の裁決をしたのであるが、その理由とするところは孰れも失当である。
即ち(1)被告は其裁決理由に於て石本吉右衛門なる二票は石本林の父の名であるが代々襲名して来た家名であり、他に石本姓の候補者がいないから石本林のための投票と認めたのである。然し(イ)石本林の資格審査のため提出した調査表には氏名石本林の外に「従来使用し又は一般に適用している他の名称(通称筆名等)」該当事項なしと明記されて自ら石本吉右衛門なる名称を使用していないことを明らかにしており且石本吉右衛門なる該当人が現存している。(ロ)而もその石本吉右衛門は石本林の父であつて、右選挙に際し石本林の出納責任者として公式に届出でられて選挙に際し活動しているし、又自ら右選挙に際し投票場へ赴き有効に投票しているのである。(ハ)従来北日野村に於ては父子生存する場合父に対する投票は子の為めに投票したものとは取扱つていないし、係争の今次の選挙に於ても当選したものの内父の名で投票されたものは凡て子に対する投票として村管理委員会は取扱わなかつた(証人橋本常吉、同大塚清助の各証言)、(ニ)村民の間では石本吉右衛門、石本林の両名が生存していることを知悉していた(証人橋本常吉の証言)。以上を綜合して石本吉右衛門なる投票は石本林に対する投票とは首肯出来ない。従てこれらの投票は無効であつて、被告の認定は明らかに失当である。抑々本件投票の効力を判定するには第一地方的事情が深く考へらるべきである、即ち北日野村は武生市を離れた山間部落である尤も極端な山間ではなく比較的武生市に近いがそれでも近い処は一里遠い処は二、三里を離れた地点に部落があるのである、文化の程度は左程進んでいない。都市と同一に考へられない。田舎の通例として殆んど各部落の状況をお互に知つている。殊に代襲して「吉右衛門」を襲名するような家は田舎としては知名の家であるから村内一般にお互に事情を知つている。第二に投票自体の持つ性格である。「ニイシタ」「ニシタ」を「ニンタ」と書き、「新下」と書き得ない者「イシモト」の紙型を用いねば書けないような者が石本林に投票するために「石本」或は「イシモト」と書いた場合に投票者の意思を推測することは当然と考へる。然し「石本吉右衛門」と達筆で的確に記載出来る能力ある者が何故「石本林」と書かなかつたか記憶が不完全ならば「石本」とだけ書けば有効であることは十分知つていると推定するのが当然である。そうだとすれば父の石本吉右衛門は温厚な好人物であると思うが、石本林候補者には好感が持てないと考へて態々「石本吉右衛門」と的確に達筆を振つたと推定することは投票自体の持つ持味と前述の地方色とを考へ合せて理の当然である。又被告は判例学説を援用しようとしているが何れも本件には適切でない著名な判例に参議院議員選挙に関する桜内父子の投票事件があるが、之も父が余りに著名人であるということに基因して子に対する有効投票とは認められなかつたようであるが、候補者の届出制、他に桜内姓のなかつたことを考へれば一応子である桜内氏のための投票と認定して差支へないのである、然し其場合桜内とだけ書いて父子何れの名も記載しなければ恐らく全部有効と認定されたのであらう、今本件においても「石本」だけ書かないで十分文筆の能力ある者が又地方の事情を十分理解していると考へられる者が「石本吉右衛門」と態々記載した処に無効と判定される理由があり、村管理委員会が従来からの慣例に従つて無効と認定した理由があるのである。蓋し「石本吉右衛門」と一気に達筆に記載出来る能力ある投票人は必ずや候補者は「石本林」であつて父吉右衛門ではないことを知つていたと前掲諸般の事情から推定すべきであるからである。
(2) 「石田吉右衛門」なる一票は石本吉右衛門の誤記と認め有効と認定したのである、然し候補者中には土田なる姓もあり、又仮に石本を石田と誤記したとしても右(1)に詳述した理由により右認定は失当である。
(三) 「ニンタ」なる投票は原裁決の通り原告の有効投票として数へらるべきであり、原裁決の摘示する型紙使用と認められる「イシコト」「イシモト」の二票は無効である。
要之被告が石本林の有効投票と認定した「石本吉右衛門」二票「石田吉右衛門」一票計三票は無効であつて結局石本林の有効得票は五十九票(原告が五十六票と訂正したのは計算誤りと認む)となり、原告のそれは六十二票となる訳である。従て原告の当選が確認さるべきであるから本訴請求に及んだ。
被告の陳述の要旨は次の通りである。
(一)原告の陳述(一)及び(二)の前段の事実、及び被告裁決の理由の部分は之を認め、又原告の有効投票総数が六十二票(この中には「ニンタ」と記載のものを含む)であること、石本林の有効投票総数は村管理委員会の計算によると六十一票であるが、被告の計算によると六十二票であつて、原告のそれと同数となること、而して結局の争点は「石本吉右衛門」の二票並に「石田吉右衛門」の一票計三票が石本林の投票として有効であるかどうかに帰すること、並に前掲(二)の(1)の(イ)(ロ)記載の事実は争わないが、その他は凡て之を争うと述べ、原告が被告の決定を失当なりとして主張する事由は(一)訴外石本林が資格審査のため提出した調査表についてその調査表の記載事項を以て選挙における投票の効力判定の基準となすべしというのであつて、かくの如きは観念の粗雑若くは混淆に外ならない、即ち右調査表は昭和二十二年勅令第一号公職に関する就職禁止退職等に関する勅令第七条第一項の規定により公職候補者となろうとする者が所謂追放令に該当する者なりや否やの資格審理を受ける目的を以て提出するものであるから原告の主張する「従来使用し又は一般に適用している他の名称(通称筆名等)」記載欄は調査表の作製上は重要な事項とは考えずために誤つて通称と認むべきものがあるにも拘らず「該当なし」と記載する場合あるは往々遭遇する事例であり、訴外石本も「石本吉右衛門」なる通称があるにも不拘偶々通称なしと記載しある資格審査申請書の記載例を見て、ついうつかりして記載例通り「なし」と記載したものであると証言している。又判例も「調査表の重要事項というのは覚書該当者であるや否やを審査するにつき実質的牽連のある事項をいう」(昭和二十三年九月八日最高裁判決)と判示しているのであつて、資格審査につき実質的牽連干係のない通称等の記載を軽易な事項として候補者が書きもらすことは予想し得ることであり、全然調査の目的を異にする調査表の記載事項を以て直ちに投票の効力判定の基準として援用することは出来ない。候補者の通称なりや否やは専らその名称が当該選挙区において社会生活上当該候補者の通称として通用しているや否やについて判定すべく、(証人石本林、同林与左衛門、同田中彌三治、同尾崎喜市、同林由左衛門、同松原長左衛門、同服部与兵衛、同村田久右衛門及び同石本吉右衛門の各証言を綜合すると「石本吉右衛門」は石本林の通称と認めるのが相当である)一つの記載事項にその根拠を求めるべきではない、従来立候補届出書の様式中に存した通称記載欄を特に削除(昭和二十六年三月総理府令第九号により一部改正)した法意も亦当該記載欄の記載の有無を以て投票の効力判定の基準とする弊を避けんとするに出でたことは明らかである。次に(二)石本林が係争の選挙に際しその父である石本吉右衛門を出納責任者として届出でているから「石本吉右衛門」と記載された投票は候補者でない者の氏名を記載した投票として無効であると主張するが、右届出の事実は直ちに当該人が候補者石本林の選挙運動を総括主宰して現実に選挙活動をなしたりとの事実干係をつくり出すものではない一方石本吉右衛門の健康状態から見て選挙活動は勿論のこと一般的社会活動をもなし得ないこと石本林が立候補してもその手伝は全然していないことは勿論のこと、選挙費用等を帳面に記載したこともなく又そのようなことをしてくれと相談を受けたこともないことは証人石本吉右衛門の証言において明らかであり、又証人林与左衛門、同尾崎喜市の各証言に明らかなように石本吉右衛門は老齢病弱のため実際はその職務は行つておらず石本林がその全部を行つていたものであり、又同人が「石本吉右衛門」という名前で一般的社会活動をしていたのであるから選挙人が投票を記載するに当り「石本吉右衛門」と書いて議員候補者石本林に投票せんとしたものと判定し、右同人の有効投票なりとするのが具体的に当該北日野村における選挙民の通念に合致するものであり、之は亦立候補者制度を採用する現行選挙法制全体の立前から見て相当であり、公職選挙法第六十七条後段の規定の趣旨にも合致するものである。次に石本吉右衛門自ら右選挙に際し投票所に赴き有効に投票しているというが、同人の証言によると病気は夏冬殆んど変りはないが、どちらかといへば冬が良くて夏の方が一体に悪く選挙の時期は丁度冬が過ぎて間もない頃で息子の林が立候補しており、且又当日は気分もよく新築の学校を見たいということもあつて一日がかりで途中休んでは投票に行つたもので心身共に社会的活動に耐えられるものではない、之は同人及び証人窪田忠の各証言に明らかである。只単に投票に行つたという事実を以て「石本吉右衛門」と記載した投票を年齢その他肉体的事情のため社会生活上廃人に等しい石本吉右衛門に対する投票とは解し難いから右を石本林の有効投票と判定した原裁決は公職選挙法第六十七条後段の規定を社会通念に従つて解釈運用したものでありその正当であること疑う余地がない。(三)従来北日野村において父子生存する場合父に対する投票は子のために投票したものとは取扱つていないし、係争の今次の選挙においても当選した者の内父の名で投票されたものは凡て子に対する投票として村管理委員会は取扱わなかつたと主張するが、凡そ投票の効力判定は公職選挙法第六十七条後段の規定の趣旨に則り可及的に選挙人の何人に投票したかという意思を推究して之を有効的に処理すべきであるから村管理委員会が原告主張のような決定をしたとしても右は常に必ずしも正当とはいえない。即ち石本吉右衛門及び石本林の父子に関する限り村管理委員会の決定は社会の通念に反し、公職選挙法第六十七条の解釈適用を誤つた譏を免れない。何となれば(1)当該選挙における候補者中には「石本」という姓の候補者は石本林以外には存在しない。(2)石本吉右衛門なる氏名は単に戸籍上いわば形式的には石本林の父の名であるが右は石本家の祖先伝来の家の名であり且石本家の当主の通名であり、従て北日野村の選挙人の通念によれば右石本吉右衛門の名は父を指称するものではなく石本家の当主たる石本林の通名として石本林を指称するものとして取扱われ来つたものである。即ち毎年の区長選挙に於て「吉右衛門」と記載した投票によつて「林」が区長に就任し且これは父吉右衛門が区長に就任し、「林」がその代行をする趣旨でないこと及び福井復興博覧会前売入場券の通知の件(乙第五号証)によれば本件係争発生後も北日野村長からかゝる通知が来ていること、又右は父吉右衛門に対する通知の趣旨でないことは証人服部与兵衛の証言の通りである。(3)石本吉右衛門は七十四歳の老齢であつて、之に加え昭和二十二年来病身のため社会的活動を行わず「石本吉右衛門」という名前で石本林と別個の社会的活動は何一つ行つていない。(4)石本林は四十九歳の壮年であり、石本吉右衛門の名に於て北日野村荒谷区長及び荒谷農家組合長の職務を行つている。(5)居村では石本林の妻を「ジヨルサン」と呼んでいる同村におけるかかる呼称は当主の妻を指すものであつて、この点より見ても石本林が石本家の当主であるとして取扱われていること(従つて父吉右衛門が社会的には隠居している事実)を明示して余りがある、従て石本家の当主の代々の名たる吉右衛門という名称は既に父を指称するものでなく、之を事実上襲名している石本林の通称と解せざるを得ない且石本林が単に吉右衛門の代役として区長その他の事務を処理しているものでもなく石本林が吉右衛門の通称の下に自分の役務としてかゝる公職にあることを示すものである。既述の通り投票の効力判定は公職選挙法第六十七条により選挙人の意思を推究して有効的に処理すべきものであつて、みだりに厳格に処理し之を選挙人の意思に反して無効的に処理すべきものではない。即ち父吉右衛門が当主と別個に社会活動を現にしている場合は格別であるが、現行選挙法の大原則とする立候補制度を合せ考え「石本吉右衛門」と記載せられた投票を議員候補者石本林の有効投票と判定することが公正且妥当なことは全く疑を容れる余地がない。よつて「石本吉右衛門」と記載せられた投票は石本林の有効投票とし、「石田吉右衛門」は当該選挙区に「石田」という姓の候補者はなかつたから「石本吉右衛門」の誤記と認めた原裁決の効力判定は維持さるべきを相当と解する(証人林与左衛門、同田中彌三治、同尾崎喜市、同林由左衛門、同松原長左衛門、同服部与兵衛、同村田久左衛門、同石本林及び同石本吉右衛門の各証言)
(四) 証人橋本常吉の証言によれば北日野村民の間では石本吉右衛門、石本林の両名が生存していることを知悉していたというにあるが、右証言によつて直ちに全村民が必ずしも両名の生存を知悉していたものと看做すことの立証となし得ないのみならず却つて父吉右衛門が殆んど廃人に等しい生活をなしつつあることは後記の如く北日野村民間に顕著であつたと解すべきであるから右証言によつて直ちに原決定の効力を左右するものでないと確信する。即ち(1)昭和二十六年四月二十三日執行の北日野村議会議員選挙に養父の吉右衛門が議員候補者となつたと思う者はなく養子の林がなつたものと北日野の誰もが思つている。(2)昭和二十七年一月十二日の荒谷部落の区長選挙の結果石本林が石本吉右衛門という名義で区長になつたこと、また部落における区長選挙の投票用紙に石本吉右衛門と記載してあつても今年七十歳余の石本吉右衛門を指すと思つて記載したものは誰もいない。(3)荒谷部落民は息子の林の方が区長であると思つていて、養父の吉右衛門が区長で林がその代理をしているとは思つていない。(4)昭和二十一年当時の区長と講和条約締結後の区長とは大いに異る。何となれば昭和二十二年四月地方自治法が施行される前までは部落民によつて区長を誰にするかの意思を決め、その意思を役場に通知し村議会が町村制という法律に基き右意思を資料として区長選任の決定を行つたものであるから当時区長石本吉右衛門とは父吉右衛門を指称するものと同村役場が解したとしても現在の区長は部落民の意思だけで選任決定されるものであるから同区民が現に石本吉右衛門の名の下に石本林自体を区長に選任した事実は石本吉右衛門が石本林の通称であることを示すものである。(5)而して乙第五号証によれば「区長石本吉右衛門殿」とあり、右は本件係争発生後北日野村長から石本林に宛てて発せられたものであり、区長の石本吉右衛門とは石本林を指称し、右は石本林の通名なりとすることを村役場に於ても疑わなかつた所以に因るものである。而も石本林が父吉右衛門の事実上の事務補助者として区長その他公職の事務を取扱つているものでないことは前述した、要之石本吉右衛門の年齢、健康状態から石本吉右衛門が係争の議員選挙に立候補し又は石本吉右衛門を区長に選んだと思う者はなく荒谷区長に石本林が吉右衛門の通称を以て部落民の意思によつて選任せられ、石本林が石本吉右衛門の通称を使用し、区長の職務を行つているものであつて両名が単に生存しているということによつては少くとも本件においては未だ石本「吉右衛門」が石本林の通称でないといい得るものでない(通常は父の戸籍上の名を子の通名とするが如きはその呼称が父子何れを指すか分明でないから不都合であるが、本件に於ては同村では不都合であると意識せられない程度に於て父吉右衛門が社会生活上子と別個独立の活動をしていなかつた特段の事情に因るものである)以上陳述したところを綜合すると「石本吉右衛門」と記載された投票は石本林に対する有効投票と決定するを相当と思料するから当該投票を無効なりとする原告の主張は失当である(各証拠省略)。
三、理 由
昭和二十六年四月二十三日執行の福井県今立郡北日野村議会議員選挙に於て同村選挙管理委員会が原告の有効投票六十二票、訴外石本林の有効投票六十一票として原告の当選を決定したこと、右訴外石本から自己に対する有効投票で無効と認定された三票があり、又原告の有効投票と認定された投票中に一票の無効投票があるので結局石本の当選が確定さるべきであるとして右村管理委員会の決定に対し異議の申立をなしたところ却下されたので、更に被告に対し訴願したこと、被告は原告主張の理由により原告の当選を取消する旨の裁決をしたこと、原告の有効投票は六十二票(この中には「ニンタ」と記載のものを含む)であること及び疑義のあるものを除いて石本林の有効投票が五十九票存することは当事者間の争のないところである。而して本件における結局の争点は本件選挙の投票中「石本吉右衛門」と記載された二票と「石田吉右衛門」と記載された一票計三票が石本林の投票として有効であるかどうかに帰するからこの点について検討を加えると原告主張に係る今次選挙に際し石本林が資格審査のため提出した調査表には氏名石本林の外に「従来使用し又は一般に適用している他の名称(通称、筆名等)」該当事項なしと明記し自ら石本吉右衛門なる名称を使用していないことを明らかにしており、且石本吉右衛門なる人物が現存していること及びその石本吉右衛門は右石本林の父であつて、右選挙に際し石本林の出納責任者として公式に届出でられており、又本件選挙に際しては投票場へ行つて有効に投票していることは被告の認めるところであるが当該選挙に於ける資格審査のための調査表に通称等の記載欄に該当事項なしと記載した事は証人石本林の証言によると「石本吉右衛門」という通称があるにも拘らず、調査表の記載例に偶々通称なしと書いてあるのを見てついうつかりその通り記載したものであることがうかがわれるところ調査表の重要事項は覚書該当であるかどうかを審査するにつき実質的牽連ある事項と見るべきであつて、実質的牽連干係のない通称等は調査表において軽易な事項であるからかかる記載を投票の効力判定の基準とするのは当を得ないのであつて、通称の有無は実際当該選挙区において社会生活上通用している名称があるかどうかで判定すべきものである。而して石本林がその父石本吉右衛門を出納責任者として届出ているものの証人石本吉右衛門の証言によれば石本林が立候補してもその手伝は全然せず、選挙費用等を記帳もせず又そのようなことをしてくれと相談を受けたこともないし、長年の間健康を損ねて殆ど家の中で漸く自由を足す程度で全然社会的活動をしていない。尚又証人林与左衛門、尾崎喜市の証言によると父石本吉右衛門は老齢病弱のため実際は選挙等につき何等の仕事を行わず、石本林が石本吉右衛門の名で全部之を行つていたものであることが認められるし、当事者間に争がない石本吉右衛門自身本件選挙に際し投票所へ行つて有効に投票していることそれ自身は「石本吉右衛門」なる投票を石本林の有効投票と認める妨げとはならない。何となれば証人石本吉右衛門の証言によれば自分の病気は夏冬殆んど変りはないが、どちらかといえば冬が良くて夏の方が一体に悪い。今次選挙の時期は丁度冬が過ぎて間もない頃で息子の林が立候補しており、又当日は気分もよく新築の学校を見たいということもあつて一日がかりで途中休んでは投票に行つたものであることが認められ、又証人窪田忠、服部与兵衛の証言によれば心身共に社会的活動に耐えられる状態ではなかつたことが認められ、単に投票に行つたという事実を以て「石本吉右衛門」と記載した投票を年齢その他肉体的事情のため社会生活上廃人に等しい石本吉右衛門に対する投票と解する事は妥当な見解とは認め得ないのであり、右認定を覆えす何等の証拠もない次に従来の選挙に於ても、亦今次の選挙に於ても北日野村では父の名で投票されたものは子のための有効投票としては取扱つていない旨主張するが証人村田由左衛門、松原長左衛門、服部与兵衛、村田久右衛門、石本林の各証言によれば同村荒谷部落では以来区長選挙の際「吉右衛門」と記載したものが林の投票として取扱われてきたことが認められ、又証人服部与兵衛の証言によれば今次の選挙に於て親の名で投票されたものは全部子のためのものとは取扱わなかつたという事例はないことがうかがわれる。
凡そ投票の効力判定は公職選挙法第六十七条後段の法意に則つて選挙人の意思を推究して可及的、有効的に処理すべきものであるから、今次の選挙に於て候補者中には石本という姓の候補者は石本林以外には存在しないし、石本吉右衛門という氏名は戸籍上は石本林の父の名であるが、これは石本家の祖先伝来の家の名でありおのずから石本家の当主を指称することとなつており、北日野村においては従て右石本吉右衛門の名は戸籍上の名称に拘らず、実際上石本家の当主である石本林を指称するものとして取扱われてきたことは証人林与左衛門、田中彌三治、尾崎喜市、林由左衛門、松原長左衛門、服部与兵衛、村田久右衛門の各証言によつて明らかであり、又前記認定のように石本吉右衛門は老齢且病身で長年社会的活動を行わず「石本吉右衛門」という名前で石本林と別個の社会的活動は何一つしていないのに反し、石本林は壮年で石本吉右衛門の名に於て北日野村荒谷区長及び荒谷農家組合長の職務を行つてきており、証人服部与兵衛の証言によれば石本林の妻を「おじやうりさん」と呼び、同村におけるかかる呼称は当主の妻を指すものであつてこの点から見ても石本林が石本家の当主であるとして取扱われていることがうかがわれ、従て石本家の当主の代々の名である「吉右衛門」は既に父を指称するものでなく之を事実上襲名している石本林の通称と解するのが妥当であり、次に北日野村民間では石本吉右衛門、石本林の両名が生存していることを知悉していたと主張するが、仮令そうであつたとしても前認定のように父吉右衛門は老齢病身で廃人同様であつて一般社会生活をしていない上、石本林が石本家の家名である「吉右衛門」を自己の通称として社会活動をしていたことは明らかであり、又当事者間にその成立に争がない乙第五号証及び証人服部与兵衛、松原長左衛門の各証言によれば本件係争発生後に於ても区長吉右衛門とは石本林を指称し、右は石本林の通称であると村役場でも疑わなかつたことが認められる。証人橋本常吉の右に反する証言は措信しない。その他認定を覆えす証拠はない以上認定の事実によれば石本林はその居宅及びその附近において石本林の外石本吉右衛門なる通名を有していたものというべく、更に「石田吉右衛門」という投票について考えるに当該選挙区に「石田」という姓の候補者のいなかつたことは当事者間に争ないこと及び前段説示するところにより之は「石本吉右衛門」の誤記と認めることが現行選挙法の立候補制及び公職選挙法第六十七条後段の法意から見て妥当であり、従つて本件選挙における「石本吉右衛門」二票と「石田吉右衛門」の一票は夫々候補者石本林を志向するものであることを窺うに充分であつて該三票を石本林の有効投票と認めたことは正当であり、右石本林の有効投票は計六十二票となつて原告の有効投票数と同数となるのであり右と同一見解にたつ被告の裁決は相当であるといわなければならない。
よつて原告の本訴請求は理由なきものとして公職選挙法第二百十九条民事訴訟法第三百八十四条第八十九条を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 山田市平 村上久治 伊藤寅男)